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思い出すまま弟子日記・2

窯たき。  非常に重要な仕事のプロセス。
どんなにつくりがよくっても、ここでだいなし、ってことはあるものです。
まして、自然相手の薪窯。たきはじめから終わりまで、ずっと緊張の時間が続きます。

はじめて薪で窯をたいたのは、有田の窯業大学校時代。

穴窯を、卒業前の行事としてたきました。

2学年全員で1昼夜をたきつづける、というものです。
メンバーは入れ替わり立ち代わり。
そこここで宴会があっていたり、ギターひいて歌っていたり、、、まるで野外ライブのイベント会場!

もちろん、たいてるときはそれなりに真剣でしたよ(笑

しかし、土平窯でのはじめての窯たきは、これとはまったく違いました。

ピーンと張り詰めた空気。しーんとした中にぱちぱちと薪のはぜる音だけが聞こえます。

弟子はまず、ドウギの間を1100度くらいまで上げていきます。
ここは、背板とよばれる木材を使いますが、なかには厚み5センチ以上、長さ3メートルなんてものもあります。
これを、一の間との間の壁にぶちあてないように、しかも、奥までなげいれなくてはなりません。

髪の毛も焼きました。やけどもたびたび。
なんと、ひざ下など、低温やけどしており、いまだに後遺症になやまされています。

はじめこそちょろちょろなんですが、次第に炎はゴオゴオと音を立てて投げ入れ口の鉄板の隙間から吹き出すようになります。

こうなってくると、この鉄板をあげるときは、まず深呼吸。おちついて。
さっとあげて、一気に薪をなげいれます。部屋全体にまきがちらばるように、しかもすばやく。

でも、うまくいかないこともしばしばで、つい、炎がでているのを忘れて投げ入れ口に近づいて薪を動かすことも。

ちりちりちり、、、、        うあっ!!!

眉毛を焼いてました(笑

こうして闘いつつ、先生へとバトンタッチするのです。

一の間・二の間は先生の手伝いです。くべやすいように割木を並べ、待機します。

一の間からは、たき口が横になります。このたき口、ドーム状にぽっかりあいているわけですが、これを、ドウギの間をたく間に、温度の上昇をみながらレンガを積んで、たき口の形にととのえなくてはなりません。

この作業がくせものです。。。

初めのころは、なかなかレンガの組み合わせがうまくいかず、ずいぶん時間がかかりました。
その間に、一酸化炭素ガスをおもいっきりすっていたようで、気がつくと、もうろうとし、ガンガンの頭痛に襲われていました。

「しばらく休んでこい」
そういわれて、仕事場に戻り、顔を洗おうと鏡を見ると、、、
紫色の唇をした、世にも恐ろしい顔が、、、

ぎゃーーーーーー

お初の窯たきは、そこでリタイア。。。

それからは、なるべく姿勢を低くして、すわないようにすわないように、作業したのを覚えています(笑

慣れてきてからも、いつも緊張していましたね。

ああ、これが仕事なんだ。

そう実感したものです。

毎回、夜中に、おおきなおにぎりと、みつまめを奥さんが差し入れてくださいます。
これも、ここちよいリズム作りのひとつ。
長年繰り返されてきた土平窯のリズム。

三の間に入るころには、季節にもよりますが、世界はしらみはじめています。

さあ、もうひといきです。

卒業間近には割り木の投げ入れもさせていただくようになりました。
おくまで投げ入れて、焼き物にはこつんとしないように、、、、。

時間のあるときに、よく練習していました。投げ入れ。
なかなかむずかしいんですよ。
とくに、焼き物と、まきのたまっていく部分の間が狭かったため、こつん、は何度かやってしまいました。
そうすると、次の回はなげさせてもらえません。練習のみです。

ひとつひとつ、真剣勝負。

たき終わると、そろって窯に一礼をし、しめの掃除をして引き上げます。

鼻の穴はすすで真っ黒。顔だって。ほこりと汗とでどろどろのへとへと。
お風呂をいただいて、みなで朝ごはんを食べます。
このたきあけの日は1日お休みになります。
丸々ほとんど寝ていました(笑


炎と闘う。生きていることを実感する。

いつか、もういちど、薪で窯をたきたいのです。それが私の夢のひとつです。

by 93hossy | 2008-06-23 01:30 | 弟子時代

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