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深夜温泉

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月見露天風呂。
今夜はことのほか寒さのしみる夜。
お月様、見えるかなぁ、と湯船の端によって見ると、
ライトだと思っていた強い光は、月であった。
肩が出ないようにつかりながら、私は脱衣場での一こまを思い出していた。

深夜温泉。私はすっかり疲れきって、猫背になりながら、受付の方の顔もろくに見ないようにして脱衣場へとむかった。
そこに足を踏み入れると、老婦人がひとり。
白髪のショートカット。身体にぴったりとあったルームウェアー。伸びた背筋はぴんとして美しく、足を組む様子もエレガントであった。
彼女は、私に気がつくと、にっこりと微笑んで会釈をしてくださった。
私も思わず会釈を返したが、それ以上は声をかけずに、横を通り過ぎ、もさもさと着ているものを脱ぎ始め、いつものコインロッカーに詰め込み始めた。
ご婦人は、ゆっくりと帰り支度をし、そっと立ち上がってお帰りになった。その後姿を、私はちらっとのぞき見た。
モヘア素材で、白とペパーミントグリーンの太いボーダーのロングコートをはおり、エスニック調の色合いの大胆な柄の入った大きなバッグをひとつ。すそをひるがえしながら、颯爽と歩いていかれた。

あの人、素敵だったなぁ。
つぶやいたひとことひとことを、白い息が包んで、寒風が吹き飛ばしていく。深夜温泉のいいところは、こうやってつぶやいても、人様に迷惑をかけないところだ。奇異な目で見られることもない。
このごろよく見かける、高齢のご婦人のファッションスナップはとても魅力的だ。でも、普段はどうなんだろう?
私は初めて、きっと、ああいう方々は、普段も素敵なんだ、という確信めいたものを感じた。
だって、温泉にはいった後なんて、一番リラックスして、だらんとしてるときのはずなんだもの。
そんなときも、きっと素敵なのだ。私のように、シャカシャカの仕事着で前かがみにポケットに手を突っ込んで、仏頂面で歩いたりしないのだ。
私も、ああいう素敵な老婦人になりたい。まずは今日から、猫背と仏頂面はやめておこう。
そう誓う私を、月は笑って見下ろしていた。

by 93hossy | 2016-01-24 05:09 |

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