カテゴリ:考( 48 )

tournerとしての再出発

DMもできあがり、そろそろどこかでごらんになっている方もいらっしゃるかもしれません。
お気づきでしょうか。

星乃窯→tourner(トゥルネ) 
星乃久美→星乃功実

 工房の名前が大きくかわりました。水害に遭った後、おもてに出していた看板が腐ってしまい、燃やさなくてはならなくなりました。これ、結構ショックな出来事でした。
でも、ものは考えよう。
 ずっと以前から、人につけていただいたこの工房名を、変えたい、と思っていましたので、これをきっかけに考えることにしました。
 tournerとは、 思考をめぐらす、自然が循環する、ろくろを回す、といった多様な意味をもつ単語です。フランス語に堪能な方に教えていただいたこの言葉は、まるで樹の幹から枝葉がのびてどんどんひろがっているように、沢山の意味をもつそうです。 一度、個展のテーマとして、循環、という意味でこの単語を使ったことがあり、そのときからいつか、tournerを自分の工房名にしたい、と考えていたのでした。
こんなふうに、私の作ったものが誰かの元にめぐっていき、またそこで対話が生まれて幸せな時間がめぐったり、いろいろなところで関わる人たちとのいい循環が生まれたりするといいな、という気持ちです。
これに伴い、作家として活動するときの名前を、星乃功実と表記を変えました。
 どうぞ、新生tournerをよろしくお願いします。
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by 93hossy | 2015-11-23 23:48 | | Trackback | Comments(0)

どうして人は、悲しくても食べるんだろう

家族以外と会わない日が何日も続くと、
突然、用事が重なって、沢山の人と合わなきゃならない日がやってきます。

昨日はそんな日でした。
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入籍と同時に、母を看取った人。
結婚する友達のためにおめでとう動画を撮影して奔走する真心の人。
突然の来訪に笑顔をこぼしてくれる人人人。
私のために泣いてくれた人。

そして、古本市で買った、高山なおみさんのエッセイを読んで、
「どうして人は、悲しくても食べるんだろう」という一節に涙を流したのでした。

色んな人に会うと、その一瞬は、日常のほんの小さな一コマのようで、
私の脳の中では、本当に奥深く眠っている記憶を呼び覚ましてくれたりする
影響の大きな一瞬なのです。

特に今週は、私が普段普通にやっていることを話しているのを聞いて、
泣き出した人が二人もいたことが、
私に疑問を投げかけていました。

なぜこんな話を聞いて泣いてくれるんだろう?

おそらく、似たような経験をされていたのかもしれません。
もしかしたら、同じような傷を持っていらしたのかもしれません。

なんとなく、なぜ?と聞かないままでいました。理由は必要なかったから。
心のある部分が共鳴してくれたのだ、という事実が、
ひとりで抱えているものを少し軽くしてくれたような気になったからでした。

話はかわるようで、私の中では「泣く」というキーワードから、こちらへ続いていきます。

高山なおみさんのエッセイは、食べることや食べ物が記憶とはっきり結びついていて、
自分のそういう記憶も掘り起こしてくれました。

こどものころ、母の日のプレゼントを買いたくて、学校がえり、連絡もせず買い物に出かけました。
あれこれと悩んでいるうちに遅くなり、とっぷりと日も暮れていました。
家に帰り着くと、珍しく母が激怒していました。
こんなに遅くなって何をしていたんだ、買い食いでもしていたんだろう?!とか、
ちゃらちゃら遊んで悪いことしてたりしたら許さんけんね、とか、
もっとひどい言葉で罵られたことを憶えています。

心配のあまり妄想が膨らんで、ついつい叱ってしまった、と、今ならわかるのですが、
私は自分の気持ちを説明させてももらえず、いつも理性的な母が目を三角にして怒る様子をみて、
だまって涙ぐんでしまいました。
ひとしきり叱られたあと、「これ、母の日のプレゼント」と言って差し出して、
私はそのまま部屋にこもってしまったのでした。

プレゼントをもらうとき、母は一瞬、ハッとした顔をしたのが忘れられません。
それからしばらくして、部屋の前まで来て、
「プレゼント買いにいってたの?ちゃんと言っていけばよかったのに。怒って悪かったね。」
そういって、おにぎりを持ってきてくれました。
私は泣きながらおにぎりをほおばりました。
泣いても泣いても美味しいのです。
かみしめると、のりの香りとあまいお米の味が口いっぱいに広がりました。

この時の涙は、多分、なんでちゃんと話を聞いてくれなかったの、の涙と、嬉し涙と、半々だったと思います。

高山なおみさんのエッセイの、悲しくても食べる、の意味とは少し違うんだけど、
私はこの時のことをはっきりと思い出して、少し鼻の奥がツーンとしました。
とりとめもない、私の記憶にまつわるお話です。

沢山の人に会いすぎたかな(笑 
移動距離も長かったけど、感情も忙しい一日でした。
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by 93hossy | 2014-08-31 02:16 | | Trackback | Comments(0)

緑の中を歩く

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先日、泰勝寺に行った時のこと。
おめあてのマーケットにはほぼ振られてしまいましたが、
せっかく来たのだからと敷地を歩いてきました。
ちょうど雨が降っており、誰もいない緑の道をゆっくりと進みます。
大きな石の手洗い鉢。ここを行き交う人々は、皆手を洗ったのでしょうか。
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墓石のある一角を歩くと、敷石が並んでおり、
その磨り減った様子から、幾人もの人々がここを歩いたのだな、と感じさせます。
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苔むす大地は庭の奥まで続き、ここを歩いたらどんなに気持ちいいだろう、などと考えていました。
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池を臨む小径も木々がシルエットとなって神秘的です。
何百年もの長い時間をかけて守られてきた場所には、
沢山の人たちに愛された時間も詰まっている気がします。
また、ここには雨の日に来ようと思います。
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by 93hossy | 2014-06-24 02:31 | | Trackback | Comments(0)

tourner

今回の個展のタイトル、tournerについて、
まだ書いてなかったなあ、と思い立ち、書く事にしました。

まず中尾さんに「テーマは何にしようか?」と聞かれたとき、
最初に浮かんだのは、「めぐる」という日本語でした。
これは、この展示のために考えていることではなくて、
もう数年前からずっと常日頃考えていることのひとつです。

一粒の水滴は岩肌を湿し、それは地下水となって湧き出てきます。
小さな小川だったものが大河となり、海へと流れ出していきます。
海の水は太陽のエネルギーを浴びて蒸散し、雲となり、再び水滴となって地上に降りていきます。

私たちは、この大きな循環の中で生きています。
その恵みを毎日受けながら、時折牙をむき、跡形もなく奪い去る自然に畏れを抱きながら生きています。

自然は両極の顔を持っており、奪い去ったすぐあとに、何事もなかったかのように
再び温かい恵みを授けてくれます。
私たちは、この循環から逃れることはできません。
ごくごく小さな砂粒のような存在なのだと思います。

ここ数年、私は落雷や地震、水害といった災害に翻弄されながら、
このようなことを考えるにいたりました。
勿論、きっかけは東日本大震災でした。

自然の大きな循環もさることながら、人との関わりの中にある大きな循環もまた、
ここ数年、考え続けていることでもあります。
自分が相手に直接何かをしたわけでもないのに、困っているときに一気に助けに来てくださった方々がいらっしゃいます。
そんな時、ああ、きっとご先祖様は困っている人に手を差し伸べて生きてきたんだな、と感じるのです。
そうやってかけてくれた情けが今、こうして私に巡ってきている。そんな気がしたのです。

私は、ひとりで生きているようで、実はまったく一人ではない。
自分のルーツである人々がやってきたことを知らないうちに巡らせながら、つなげながら生きている。
自分はその小さなつなぎ目のひとつで、なくてはならないものなのだ。
そんな風に思えるようにもなりました。

器を作ることについても、いつも思考はめぐっています。
唐津の師匠のもとを、弟子離れするとき、師匠にこう言われました。
「唐津という土地を離れたら、唐津焼ではないからな」
こう言われて、その時すごくとまどったのを憶えています。
では、好き勝手にやろう、と、まったく唐津っぽくないことを最初はやっていたように思います。
でも、やっぱり私の根っこは唐津にあるのです。
結局、時々、舞い戻るのです。
あの、濃い二年間で叩き込まれた唐津の技術、おおらかさ、素朴さ、そんなものが
私の根っこになっています。

普段あれこれと考えを巡らせていることを、
めぐる、という言葉でくくってみようと思いました。
ですが、自分にとってはなんだかものすごく語感が強く、
もっとソフトに表現できないものか、とは、なかおさんも思われたようで、
「フランス語でいい表現、ないかしら」とヒントをいただきました。
そこで、山鹿のビストロ シェ・ル・コパンのマネージャーさんである田中裕子さんに相談しました。
コパマネさん、実は現役のフランス語翻訳者でもあります。
すると、すぐに返事がかえってきました。
以下、コパマネさんとのやりとりを引用しながらまとめたことです。


フランス語は、たとえば英語などと比べると極端に単語数が少なく、つまり一つの単語がものすごくたくさんの意味、幅広いニュアンスをもって使われているのだそうです。

辞書によれば、tournerの意味には、1)回す(回る)、2)こねくり回す(検討する)、3)〜のほうへ向ける(考え、顔、視線などを)、4)裏返す(ページをめくる)、5)巻く、6)ろくろで加工する(!)、7)曲がる(曲げる)、8)撮影する(映画に出演する)など、非常に多様な意味を含んでいます。

ろくろはフランス語でtour(トゥール)。
そしてtournerの語源はラテン語のtornoなのですが、そのtornoの意味は"tourner(回す)"と"faconner(形作る)"。
つまりラテン語において、「回す」こととは、イコール「形作る」ことであったようです。
フランス語では、ろくろを回すこともtourner、自然が循環することもtourner、思考を巡らすこともtourner、すべて同じ動詞を使えます。


この他にも提案してくださったのですが、この、tournerの意味の広がりが、
自分が考えていることをふわっと包んでくれるような気がしたのでした。
こうして、タイトルが決定しました。

いつも、このブログを読んでくださっている方は、
私がこんなふうにぐるぐる考えていることをよくわかってくださっていると思います。
今回初めて作品に出会っていただいた方にも、ぼんやりとわかっていただけたのではないでしょうか。

ぼんやりと、でいいのです(笑
私自身が常に変化し、アメーバのように形を変えながら思考を巡らしているからです。
しかし、根幹は変わらない。
今回の展示は、自分にとってもとても意義深いものとなりました。
見に来てくださった方、感じてくださった方、本当にありがとうございます。

個展はあと二日、明日まで、佐土原のなかお画廊にて開催しております。
皆様のお越しをお待ちしております。
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by 93hossy | 2013-12-01 11:32 | | Trackback | Comments(0)

信じる、ということ

砂漠でサーモンフィッシング  原題「Salmon Fishing in the Yemen」

信じることが奇跡をよぶ
信じることからはじまる

もうなんとでも言って!(笑

私の人生にも、希望と信じることは必要不可欠です。
ありえない、と言われたことを結局実現してきたように思うから。
もちろん、かなわなかったことも沢山ありましたけどね(笑

ここに描かれている、いろんなタイプの男性が実に面白かった。

さえない水産学者ジョーンズ。主人公。実績はあるけど、面白みはなくて、退屈な結婚生活、退屈な仕事、そんなものに埋もれながら、こんなものだ、と生きている。

イケメン大尉ロバート。もうひとりの主人公、ハリエットの付き合いたての恋人。普通にかっこいい。命をかけた仕事をしているから、フェロモン出ている。(私見・笑)刺激的。アラブの人といえば、金をかけたら回収する抜け目のないやつらだ、と、ハリエットの雇い主、シャイフのこともけしてよくは言わない。

大富豪シャイフ。投資コンサルタントのハリエットを通して、ジョーンズに「イエメンでサーモンフィッシングをできるようにしたい」という依頼をする。夢と希望に満ちた人物。遠く子孫たちのことも含め、沢山の人々にこのプロジェクトで幸福を味わってもらえると信じている。

首相をはじめとする大臣たち。首相広報官のパトリシアに操られるがまま。

ハリエットをめぐっての恋模様は、当然、ジョーンズとロバートで展開するわけだけど、戦地に趣いてしまったロバートは、不利だよ(笑 待っていてくれると信じて危険の中を生き抜いていたのに、、、。
だけど、女性がジョーンズみたいな人に少しずつ惹かれていくのもわかるなぁ。
最初はぶっちゃけさえない、、、と思っていた人なのに、悲しみにくれていると、勇気を出してサンドイッチを作って持ってきてくれたり、才能を認めて、どれだけ沢山の人が自分を必要としてくれているか伝えてくれたり、生きる希望を失いかけているところに、すこしだけ生きる希望、目標みたいなものを見せてくれるわけだ。

同僚として難関をくぐり抜け、壮大な夢を実現するべく日々奔走する中で、あくまでも彼女の気持ちを尊重しながら、そっと寄り添ってくれるジョーンズ。彼自身は、シャイフの夢や希望を信じる強い気持ちに触れ、だんだんと生まれ変わっていく。・・・というより、自分の中の信じる感覚を、シャイフによって強く自覚させられ、引き出される、といったほうがいいかな。素敵な人のそばにいると、素敵がうつる、、、というような感じだろうか。

辛い時、悲しいとき、何をしてくれなくても、言葉をかけてくれるだけでほっとするものなんだよ。
何をしていいかわからない、と距離をおかれたり、まるで知らんぷりされたり、ほっとけば友達に相談して立ち直るでしょ、的な扱いをされるのが、一番悲しくて寂しいんです。ほったらかす、というのは、あなたとは向き合えない、というサインですから。

違うんです。あなたに、声をかけて欲しいんです。あなたに、優しくして欲しいんです。遠巻きの、厳しい優しさじゃなくて、直接的な、、、離れているならメールでも電話でもあるじゃないですか。そういうものがふわっと心を持ち上げてくれるんです。
逆に、自分が苦しいときにすこしふわっと心が上向きになるときって、人が自分のことを気にかけてくれてる、ということに嬉しくなったり、つながりを意識することができたり、そういう瞬間じゃないですか?
置き換えてみれば、優しさの種の手渡し方、わかるんじゃないかな。

もちろん、相手の状況を思いやれるかどうか、が一番大事だとは思います。自分が辛いからと、声かけてくれー、優しくしてくれー、と求めてばかりいるのは押し付け、というのかな、あまりに一方的すぎる。
今、その相手は、自分よりもっともっと辛いかもしれないよ。大変でも口に出さないだけかもしれないよね。
でも、私がよく陥るのは、遠慮しすぎて、優しくしてくれー、というサインを出せないこと。これもまた一方的な気持ちの処理の仕方で、やりとりがないから、なんだかおかしな話かな、と思う。
大事なのは一方的でないコミュニケーション。怒りでも悲しみでも喜びでもやり取りをして、今、何を考えているのか、伝え合う、ということなんじゃないか、と思うのです。

最終的にこの恋は、夢や希望を信じている人(シャイフ)を、信じる自分を馬鹿にしない、というところが勝敗を分けた気がします。もっというなら、同じ夢を見られるかどうか。
信じる、という感覚を同じように持っていられるかどうか。

やっぱりここらへんが、メルヘンちゃんと呼ばれてしまう理由なのかな(笑
だけど、この映画、世界中で絶賛されてるんです。
老いも若きも、男性も女性も、夢や希望を信じたいんです。
こういう感覚を持ってる人が、たっくさんいる、ってことなんだ、、、
と、信じます。
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by 93hossy | 2013-10-08 15:54 | | Trackback | Comments(0)

もうすぐそこまで

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まだまだ昼間は夏日が戻ってきたような毎日ですが、
夜になるとぐっと冷えてきて、ああ、もう次の季節にバトンタッチされたんだな、
と思うようになりました。

ここのところ、個展の制作のことで頭はいっぱいになっています。
そのわりに、スイッチ入らずの毎日で、イライラしたり、
それがもとで家族に凹まされたり、
気がついたら、世界中で一人ぼっちになったような感覚に陥っていました。

こんなとき、何もかもが私から遠ざかっていき、
大事なものは引き剥がされ、
ずんずんと孤独の淵に沈んでいく自分を感じます。

多分、個展の前などにはいつもこんな感覚に一度は陥ります。
もがいて苦しんで、気を晴らしてみたり、でもやっぱり晴れないことにイラついたり、、、
そしてある日突然突破口が開きます。

パシッと音を立ててみずみずしい何かが溢れ出てくるような感覚。。。

このスイッチが入るまでが苦しくて長く感じるのです。

すぐそこまで来ているのに、手が届かない感覚。。。

ああ、、、もどかしい!

私はただ、訪れを待つしかないのです。
土を触ってみたり、必要な釉薬を作ってみたり、
描いてみたり、、、

もうすぐです。もうすぐ。。。
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by 93hossy | 2013-09-25 00:46 | | Trackback | Comments(0)

月を眺めてぼんやり

先日はオリオン座流星群が見えるというので、
庭を渡ろうと外に出ると、
うろこ雲に覆われていた夜空は
いつの間にか晴れ、
遠くに光る星がはっきり見えています。
たちつくしていると、
すぅーっと見えました。
か細い流れ星がひとつ。ふたつ。

次の日も見えるということでしたが、
あいにくうっすら雲がかかっている様子。
でも、紗のかかった月がとろんと色っぽくでておりました。(雨の降る前のひととき)

月は遠くから眺めるのがいいのかもしれません。

私は時々、仕事の合間に夜空を見上げ、
話しかけることもなく、ただ月や星を眺めて
元気をもらっています。

気分に寄り添うように、強い光をなげかけてくれたり、
そぉーっと柔らかく照らしてくれたり。
こんな人がいてくれたら最高です(笑 

あるとき、詩人にこんなふうに言われたことがあります。

僕は、一番大事なものは、大事にしすぎないことにしている。
息子のことは愛している。でも、どこに住んでるかも知らない。
だけど愛してないわけじゃない。
困ってたらいつでも力になる気持ちをもっている。
いつもいつもそばにいて、
関わるというのもひとつの愛し方だけど、
人にはいろんな愛し方というものがあると思う。
君もそんな接し方を学んだらどうだい?

なるほどそんな接し方、していることもあるのかもしれません。

昔からそうですが、人からどう思われるか、とか、
人からどう見えるか、ということにはあまり関心がなく、
自分にとって大事だな、と感じる判断基準みたいなものには、
その「人から」の視点は含まれていないようです。
あくまでも、自分にとって大事なもの。
だから、ずっと変わらず愛していくのだと思います。

人間、モノ、仕事、遊び、etc.
自分の直感で選び取ったもの。

私はあまり器用ではありません。
特に人間関係。
上手に言葉を選べないことも多いし、
言葉が足りてないことも多い。
そしてそのくせ言い過ぎることもよくあります。

ふんわりと包んで言えたらいいことも、
隠さず伝えようとする。
なかなか成長できないところです。

だけど、言葉や文章にして伝えなければ、
伝わらないことのほうが多い気がします。
だから、大事にしたい人には、
ちゃんと言葉にして伝えようと思います。
これからも、そんな風に生きていくんだと思います。
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こんなところにも鱗雲
今夜は月もだいぶ大きく力強くなっていますね。
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by 93hossy | 2012-10-22 19:32 | | Trackback | Comments(0)

風はそよぎ月は照らす

月はいろんな表情を見せてくれます

昼間のように明るく照らしてくれたり

薄絹をまとったようなぼんやりとした輪郭を見せてくれたり

今夜のように、風に乗って流れていく雲に
時折レースのように隠されて見え隠れしたり

強い月の光に照らされれば世界は蒼白く光り
まばゆい明るさに星はかすんで見えないほどです

真っ黒で厚い雲に覆われた日は、なんとなく
見守ってくれている月が見えないようで心細くさえあります

明け方に、誰かが会いに来てくれてるように感じる一匹の蛍も
こうして遠くから照らしてくれている月も

心の中で誰かになぞらえれば
とても親しみがわきますし、少し心の温度が上がるようです

昨日は眠れなくて、夕方少し横になりました
川からの風がそよそよと気持ちよくて、ふわっと眠ることができました
こんな風に人には優しくされたいし、自分もしたいなと感じました
さりげなく 優しく 心地よく

自分のことばかり考えていると
寂しくなってわーーーっとなって
大事なことを忘れそうになりますが、
こういう自然の優しさにふれたとき、ふと思い出します

大事な人には優しくありたい

今夜の月はとても優しい光を放っていて、
そんな大事なことを改めて思い出させてくれたのでした
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by 93hossy | 2012-06-07 03:16 | | Trackback | Comments(0)

ふと出会うことば

「人は、誰でも、どんなに元気なときでも、
 心の片隅に小さな疲労や古い傷を抱えている。

 自分では気付かなくても、無意識にその傷をかばって
 窮屈な思いをしていることがある。

 意識はしていなくとも、そうした痛みを抱えながら不意に、
 自分だけにぴったりくる「妙薬」に出会えることもある。」


今日、私にぴたっときたことば。

なにもかも、無かったことにはならないし、
なにもかも、自分の中に蓄積しています。

でも、忘れたふりをして、平気なふりをして
生きています。

自分で、その小さな傷に気付いていない人もいるかもしれません。
あるいは気付かぬふりをしているのかも。

その方が楽だから。
その方がクールに見えるから。
その方が前向きに見えるから。

いろんな理由があるし、それは否定されるべきことでもありません。
それぞれがそれぞれのやり方で、
今をなんとか乗り切って、
楽しく前向きに生きたい、という願いの表れだと思うのです。

私は、つい、周りにいる優しい友に
傷をさらして、本音を吐くことがあります。
そんなとき、誰も否定をせず、受け入れてくれます。
平気なふりをしているときは、それに乗ってくれます。
最後は目をそらさずに、「その部分」に向き合おう、
そう思えるまで、気長につきあってくれます。
みんな、それぞれの小さな疲労や傷を克服してきたから
そういう波を理解してくれるのだと思います。

私も、周りの愛する人たちに、
そうしてあげられたらな、と思っています。
おしつけがましくなく、さりげなく、というのが難しいのですが、
最大限の努力はしたいと思います。

いつか、そうした疲労や傷を抱えながらも、
本当に平気になり、心底元気になる日はくるでしょう。
思い出したくない記憶というよりは、
いい思い出となり、
人生の糧となる、
そんな変化がやってくるのだと思います。
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by 93hossy | 2012-02-24 01:19 | | Trackback | Comments(0)

わくわくすること

今日はすごくいい天気になりました。
もうすぐ春!
それだけで心はワクワク!

雨のしっとりした日も好きですし、
寒くて息の白い部屋であったかいコーヒー飲むのも好き。

だけど、春のわくわくした感じは何にも変えられません。

今年の「春展」は、3月16日(金)、17日(土)、18日(日)となります。
お尻に火がついてます(笑 
こんないい日和でも缶詰でお仕事です(笑 
がんばります(笑 
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※ 写真は、1月中にいってきた幣立神宮の杉。どれも大きくてパワー溢れていました。
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by 93hossy | 2012-02-23 15:37 | | Trackback | Comments(2)